頑張っているのに、どこか馴染めない。
周りと同じようにやっているつもりなのに、なぜか浮く。真面目にやっているのに、評価されない。
この感覚に、心当たりはありませんか。
「向いていないだけ」ではない
生きづらさを感じるとき、多くの人は自分のせいにします。
性格が悪いから。能力が足りないから。
うまく立ち回れないから、と。
私も、ずっとそう思っていました。
でも今振り返ると、違います。
多くの場合、苦しかったのは「基準がずっと自分の外にあったから」です。組織の評価、上司の顔色、周りの空気。
それに合わせ続ける限り、どれだけ頑張っても、安心はやってきません。
合わせること自体が悪いわけではありません。
ただ、合わせる基準を自分で選んでいるかどうかで、疲れ方はまったく違います。
与えられた基準に合わせ続けると、うまくいっているときですら、どこかで気を張り続けることになります。
合わせようとして、何度も折れた
パン屋で働いていたことがあります。
半年で辞めました。
体力的な限界というより、労働集約の仕事の先に、自分の未来が見えなかったからです。
その後、父の入院をきっかけに、自衛隊に入りました。
特性がハマるところでは能力を発揮できて評価された一方で、特性が合わないところではとことんポンコツで周りに馬鹿にされたこともあります。
それでも15年、続けました。
組織のルールに合わせ、真面目に仕事をしていれば報われると信じていました。
でも、頑張っても評価されませんでした。
理由は、はっきりとは分かりません。
実力ではなく、何か別の基準で決まっていく世界を、そこで知りました。
最終的に、適応障害(当時の診断)で組織を離れました。
激務と板挟みの中で、心と体が悲鳴を上げていました。
「組織にいれば安心」という、それまで信じていたものが、音を立てて崩れた瞬間でした。
休職中にもう組織で働けないと感じて転職活動をしました。
200社に応募して、書類選考で落とされ続けました。
合わせようとすればするほど、自分の居場所がなくなっていく感覚を、このとき一番強く味わいました。
書類作成や面接のたびに、自分をどう見せれば通るかを考えていました。そうやって相手の基準に合わせようとするほど、自分が何者なのか、分からなくなっていきました。
起業しても、同じ苦しさは形を変えて続いた
だから、独立を選びました。
でも、正直に言うと、起業した瞬間に生きづらさが消えたわけではありません。ノウハウを集めては飛びつき、気がつけば退職金も、ほとんど溶かしました。
環境を変えれば楽になると思っていました。でも、環境を変えただけでは、基準を外に置いたままの自分は変わらないのだと、そこで気づきました。
生きづらさの正体は、組織にあったのでも、性格にあったのでもありません。不安なときに戻れる、自分の基準がなかったことです。それは、自衛官のときも、独立してからも、同じでした。
気合いと根性では、基準は持てない
気合いと根性で乗り切ろうとする限り、また同じところで折れます。
必要なのは、意志の強さではなく、不安なときに立ち返れる、自分なりの仕組みです。
何を大切にするか。
何を基準に判断するか。
それを、他人の評価が来る前に、自分の中に置いておく。
これは、一度決めたら終わりというものではありません。
仕事を受けるかどうか、値段をどうするか、誰と組むか。
判断するたびに、その基準に立ち返る。
積み重ねていくことで、少しずつ、自分の輪郭がはっきりしてきます。
起業は、そのための選択肢のひとつでした。
誰かに評価されることから逃げるためではなく、自分の基準で判断ための場所として。
迷走していた頃の私には、その仕組みがありませんでした。
売上が落ちるたびに不安になり、不安になるたびに新しい手法に飛びつく。その繰り返しでした。
今は、判断に迷ったときに戻れる基準を、少しずつ形にしています。
まだ途中ですが、迷う回数は確実に減りました。
今日できる一歩
今、あなたが「合わせなければ」と感じている場面を、ひとつだけ思い浮かべてください。
それは、誰の基準に合わせようとしていますか。
その基準は、本当にあなたが選んだものですか。それとも、いつの間にか外から与えられたものですか。
同じように、生きづらさを一人で抱えながら頑張っている方へ。私は、崩れないことよりも、崩れても立て直せる仕組みを一緒に作る支援をしています。
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